松江地方裁判所 昭和43年(モ)150号 判決 1969年6月18日
申立人
一畑電鉄労働組合
右代表者
川上仁也
右代理人
片山義雄
被申立人
足立一男
右代理人
君野駿平
主文
申立人の本件申立はこれを却下する。
申立費用は、申立人の負担とする。
事実
第一 当事者の申立
申立人代理人は「本件被申立人(申請人、以下単に被申立人という)、本件申立人組合(被申請人、以下単に申立人組合という)間の松江地方裁判所昭和四二年(ヨ)第五八号地位保全仮処分申請事件について、当裁判所が、同年一二月二八日なした仮処分決定主文中第二項は取消す。」との判決を求め被申立人代理人は主文第一項同旨の判決を求めた。
第二、申立人組合の申立理由
一、申立人組合は申立外一畑電気鉄道株式会社(以下単に一畑電鉄という)の従業員をもつて組織されている労働組合であり、被申立人は昭和三三年一一月申立人組合に書記として雇傭されたものである。申立人組合はその職員に対して申立人組合職員規程により、申立人組合と一畑電鉄との間に存する就業規則を適用することになつている。
二、申立人組合は昭和四二年一〇月三一日被申立人に右就業規則第九二条二号(社員に暴行、脅迫を加え、または、業務を妨害したり、あるいは上長を侮辱したとき)、三号(上長の指示に従わないとき、またはその指示に反抗したり、あるいは越権専断の行為をなし、規律秩序を乱したとき)および五号(会社の重要な機密をもらしたり、またもらそうとしたとき)に該当する事由があるとの理由で懲戒解雇の意思表示をした。
被申立人は右懲戒解雇の効力を争つて昭和四二年一二月二二日申立人組合を相手方として松江地方裁判所に対し地位保全仮処分申請(同庁昭和四二年(ヨ)第五八号)をしたところ、同裁判所は被申立人の申請を認容し昭和四二年一二月二八日左記仮処分決定(以下単に本件仮処分決定という)をした。
「被申立人が申立人組合に対し雇傭契約上の地位することを仮に定める。
申立人組合は被申立人に対し、昭和四二年一一月一日から本案判決確定に至るまで、毎月末日限り金三八、〇二〇円を仮に支払え。
申請費用は申立人組合の負担とする。」
三、申立人組合は本件仮処分決定後である昭和四三年九月二六日到達の書面をもつて被申立人に対し就業規則第一〇四条、三、四号を適用して同月末日限り被申立人を解雇する旨の意思表示をし、同時に所定の解雇予告手当および退職金を提供したが、被申立人はこれを受領しない。
右就業規則の文言は次のとおりである。
第一〇四条 社員が次の各号の一に該当するときは三〇日前に予告するかまたは三〇日分の平均賃金を支給し予告しないで解雇する。
(一) 精神もしくは身体に故障があるかまたは虚弱老衰及び疾ぺいのため業務にたえないと認めるとき、
(二) 欠勤、遅刻または早退がひんぱんであつて勤務能率が不良であるかまたは作業(執務)技能の熟達見込なく、就業させがたいと認めたとき、
(三) やむを得ない業務上のつごうによるとき
(四) その他前各号に準ずるやむを得ない事由のあるとき、
四、申立人組合が被申立人を解雇した理由は次のとおりである。
1 申立人組合はその基礎を確立し、組合運営を正常化するためかねてから一畑電鉄に対し、組合専従者を承認するよう折衝中であつたが、昭和四三年七月一六日右会社との間に三名の組合専従者を承認することを骨子とする組合専従者協定が成立し、申立人組合執行委員長川上仁也、副委員長田儀亨興、書記長高橋堅が組合専従者として承認を受けた。
2 右三名は従来一畑電鉄の従業員としてその職務の傍ら組合の業務に携わつていたが、組合専従者となつてからは、会社を休職して組合業務に専念することになつたため、組合書記局業務の相当部分、特に男性書記を必要とする業務の全部を右専従役員自ら担当することができるようになつたので、書記の業務量が著しく少くなつた。一方申立人組合の財政的基盤は組合員(現在約二、〇〇〇名)の拠出する零細な組合費の上に立つており、人件費はできるだけ圧縮しなければならないので、この際被申立人他女子五名(内女子一名は臨時雇)、からなる組合書記局職員を整理する必要が起つた。被申立人は申立人組合の唯一の男性書記であるが、前記のとおり組合専従者制度ができたため男性書記は不必要となつた上、被申立人の給与は組合職員中最高であり、しかも被申立人は申立人組合に対立する労働組合即ち、私鉄中国一畑支部およびその上部団体たる島根県労働組合評議会に加担し、申立人組合に反抗する態度を示し本件仮処分決定後も申立人組合の業務に従事せず、他組合の業務に従事する等組合書記として忠実性を欠いているので、申立人組合は被申立人を過員となつた臨時雇を含む二名の女性書記と共に就業規則第一〇四条三、四号に基づき解雇することを決し、前記のとおり昭和四三年九月二六日到達の書面をもつて被申立人に対し解雇の意思表示をしたのである。
五 従つて本件解雇は有効であり、該解雇により昭和四三年九月三〇日被申立人、申立人組合間の雇傭関係は終了したのであるから、本件仮処分決定後に決定の基礎となつた事実関係に事情の変更が生じたものというべきであり、本件仮処分決定中賃金仮払いを命じる部分(主方第二項)は不相当となつたので、民訴法七四七条、七五六条に基づき本件仮処分決定の取消を求める。
第三 被申立人の申立理由に対する答弁および主張
一、申立理由一ないし三の事実は認める。四の1の事実は不知、2の事実は否認する。五の主張は争う。
二、本件解雇の効力は未だ発生していないか、或は次のとおり解雇権の濫用であつて無効であるから、申立人組合、被申立人間の雇傭関係は依然として継続しており、本件仮処分決定後に申立人組合主張のような事情の変更は生じていないから申立人組合の本件申立は失当である。
1 本件解雇は未だ効力を発生していない、即ち本件解雇通知によると、本件解雇は「松江地方裁判所昭和四三年(ワ)第四九号解雇無効確認等請求事件において懲戒解雇処分が無効と判定される場合に備えて念のためにするものである。」というのであるから、本件解雇は右訴訟において懲戒解雇処分が無効と判決されることを停止条件とするものであるところ、右訴訟は未だ同庁に係属中であり、判決の言渡がなされていないから、本件解雇の停止条件は未だ成就しておらず、その効力は未発生である。
3 仮にそうでないとしても本件解雇は次の理由により解雇権の濫用であるから無効である。
申立人組合は組合専従制ができたため男性書記が不必要となつたこと、組合の財政的基盤が貧弱で人件費をできるだけ圧縮しなければならないことを本件解雇の理由としているが右は全く理由のないものである、即ち、申立人組合は被申立人を懲戒解雇しこれを職場に復帰させない方針の下に本件仮処分命令を無視して被申立人の就労を拒否しながら、「三役専従」という相当大規模な労働組合でも設けていないような贅沢な制度を採用し、専従役員に対し被申立人に対する給与とは比較にならないような高額の給与を支払い組合財産を濫費しているのである。申立人組合のいう三役専従は被申立人を懲戒解雇しその職場復帰を拒んだため組合業務に支障をきたした由か、或は被申立人の解雇を合理付けるため採られたものであつて、申立人組合の主張するようなやむをえない事由に基づくものではない。申立人組合は本件仮処分により被申立人に賃金仮払いをすることによつて損害を受けているかの如く種々疏明しているが、それは申立人組合が被申立人の労務の提供を拒否しているからであつて申立人組合の責に帰すべき事柄である。又申立人組合は被申立人が私鉄中国一畑支部に加担し、他の組合の業務に従事している旨主張するが、被申立人はそのようなことをしていない。被申立人は懲戒解雇後被申立人に同情し、支援してくれる人々と交際しているだけである。被申立人を職場から不当に追放しながら、右のように職場外における被申立人の生活を云々すること自体が、本件申立理由の「業務上やむをえない」ということが仮装のものであり、本件解雇の真の原因が申立人組合の被申立人に対する偏見と厭悪に根ざすということを如実に物語つているのである。
第四 疏明関係<省略>
理由
一申立理由第一ないし三項は当事者間に争いがない。右事実並びに弁論の全趣旨を総合すると申立人組合は昭和四二年一〇月三一日に就業規則第九二条二号、三号及び五号に基づき被申立人を懲戒解雇し、申立人組合、被申立人間の松江地方裁判所昭和四二年(ヨ)第五八号地位保全仮処分申請事件において同年一二月二八日被申立人の雇傭契約上の地位を仮に定め、申立人に対し賃金の仮払いを命ずる本件仮処分決定を受けたものであるが、その後の昭和四三年九月三〇日再び就業規則第一〇四条三、四号に基づき被申立人を解雇し、該解雇により被申立人、申立人組合間の雇傭関係が終了したことを理由に本件仮処分決定の取消を求めて本件事情変更による仮処分取消訴訟を提起したこと、申立人組合は本件仮処分決定に対し抗告も異議訴訟も提起していないことが認められる。
二前記認定によれば本件仮処分の被保全権利は被申立人の雇傭契約上の地位であり、本件取消訴訟は本件仮処分決定後被申立人が右地位を失つたことを理由とするものであるから、右は仮処分異議訴訟の事由にも当るものといわなければならない。
ところで仮処分決定後当該仮処分決定の基礎となつた事実関係に変更が生じ、仮処分の要件が消滅したことを理由にその取消を求める場合、異議訴訟に先行して事情変更による取消訴訟の提起を許すかどうかについては争いのあるところである。一般的には異議訴訟に先行して事情変更による取消訴訟を提起しうるものとし、民訴法七四七条一項をその根拠とするようである。即ち、「仮差押の認可後といえども取消の申立ができる、」のであればその反面解釈として認可前すなわち異議訴訟提起前においても取消の申立ができると解すべきであるというのである。しかしながら前記のように取消訴訟の先行を認めると、債務者はまず事情変更による取消を申立て、これが排斥された場合でも更に同一事実に基づき異議を申立て、取消訴訟で主張した事由を後の異議訴訟で再度主張することが許されることになり、その結果前訴で否定された主張が後訴では肯定されることもありえるから、審理の重複と裁判の牴触という混乱を免れ得ないことになる。いうまでもなく民訴法は訴訟事件を適正公平に審判し、迅速経済的に処理するための技術的考慮を内容とする技術的規定であつて、訴訟手続に法的安定性と具体的妥当性を与えるよう合目的的に解釈されなければならないものである。民訴法七四七条一項は「仮差押の認可後といえども取消の申立ができる」と規定しているが仮差押決定に対し異議訴訟に先行して事情変更による取消訴訟を提起しうるかどうかについては直接規定していないのであるから、この点に関しては前記民訴法の目的に立つて仮処分異議訴訟と事情変更取消訴訟の相互関係を位置ずけ合目的的に解決されなければならない。仮処分決定に対する異議の申立は仮処分債務者よりする口頭弁論の開始と判決に基づく仮処分申請当否の審判を求める申立であり、仮処分決定に対する異議事由は異議訴訟における債権者の仮処分要件存在の主張に対して債務者が提出する防禦方法(否認と抗弁)である。債務者の事情変更の主張は、仮処分決定当時存在した被保全権利又は保全の必要の事後的消滅の主張であるからこれは債務者の抗弁であつて一の異議事由である。現行法の下では仮処分決定に対し異議を申立るかどうかは債務者に委ねられており、その申立時期についても制限がないが、右のとおり債務者の事情変更の主張は異議事由の一であるから、前記のような審理の重複や裁判の牴触を避けるためにも、仮処分決定に対しては、債務者において先ず異議の申立をし、その異議訴訟において事情変更の主張をも含めて攻撃防禦を尽くすべきであつて、異議訴訟において主張し得たのに主張しなかつた事実は後の事情変更取消訴訟で主張することができないものとすることが訴訟経済および法的安定性の見地より見て合理的な解決であるというべきであり、かかる解釈は民訴法七四七条一項に牴触するものではない。
三以上の次第で仮処分決定後当該仮処分決定の基礎となつた事実関係に変更が生じ、仮処分の要件が消滅したことを理由として、異議訴訟に先行して事情変更による取消訴訟を提起することは許されないから、申立人の本件申立は爾余の点につき判断するまでもなく不適法としてこれを却下することとし、申立費用の負担につき民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。(元吉麗子 野間洋之助 古田道夫)